東大生はなぜ「発言」をしないのか

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こんにちは、Shunです!

東大で授業を受けてみてもっとも衝撃的だったのは、みんなビックリするくらい発言しないことです。

先生が問いを発しても、教室は静まり返るだけ。

指名されたら答える、という人は多いですが、自分からは全然発言しません。

頻繁に発言する人も時々いるものの、大抵はだんまりするばかりです。

東大に限らず、他の大学でもそういう傾向はあるでしょう。

なぜ発言したがらないのか、少し考えてみます。

1. 単純に「恥ずかしい」

第一の理由は、単純に「恥ずかしい」ということです。

みんなの前で発言をするのは楽なことではないですし、結構ストレスになります。

人数が多ければ多いほどその負担は大きくなります。

自分が見られている、聞かれている。だからミスできない。

そういうふうに色々考え始めてしまうと、収集がつかなくなります。

そういう思いをするのが嫌で発言しない、というのが第一の理由であると考えられます。

これはもっともな理由で、私もそういった理由で発言をためらうことがあります。

皆さんもきっと同じことを考えているのではないでしょうか。

当然のことですよね。

2. 間違えたくない

発言を躊躇する第二の要因は、「間違えたくない」という気持ちです。

みんなの前で発言するとき、それが正しい内容ならいいですが、間違った発言をしてしまうと恥をかく恐れがつねに伴います。

計算ミスで変な答えを出してしまったり、的外れな(期待されていない)返答をしたり、パターンは様々です。

ミスをすると周囲にバカにされる」という恐怖感をもつ生徒・学生も多いのではないでしょうか。

簡単な内容の質問ならまだしも、難し目の問題で堂々と発言するのは難しいですよね。

答えに自信がなければなおさらです。

しかも、東大生はなにかとプライドが高いですからね笑

ミスを恐る気持ちというのは誰にでもあり、結果として「発言するのはやめておこう」という判断に至らしめるわけですね。

3. 「ガチ勢」だと思われる

もう一つ理由がある、と私は思います。

それは何かと言うと、「『ガチ勢』だと思われる」ということです。

ガチ勢というのは、意味を説明しにくいのですが、「本気でやっている人たち」のことを軽く揶揄するような単語。

授業で毎回発言したり、授業後先生に質問したりする学生に対して、「あいつガチ勢だな」といった感じでいうわけです。

皆さんが「東大生」と聞いて思うであろう人物像というのは、実際の東大生全員に当てはまるわけではありません。

むしろ多くの東大生は、他大学の学生と同じで授業を受けるのを面倒と感じていますし、授業中に寝ているような人も正直たくさんいます。

そのため、自分がだらしない態度で授業に臨んでいるという状況を仲間と共感し合うことで、安心感を得ようとしているのです。

真面目な態度で授業を受けている人に対して「あいつってガチ勢だよな」ということで、あいつは特別な人間だから真面目に授業を受けているのであって、俺はそうではないから関係ない、というふうにある種の合理化をしているんですね。

同じ東大生なのに。

逆にガチ勢と揶揄される側の人(真面目な人たち)というのは、ガチ勢と呼ばれて距離を置かれることに恐怖を感じるのです。

雰囲気的に仲間はずれにされるのを恐れているから。

たとえダラダラしていても、仲間と共感できているほうが安心するので、本来真面目な人も授業態度が悪くなってしまう、というわけ。

こういう意味で、ガチ勢という語はかなり罪深いと私は考えます。

この語があるがために、真面目な人たちとそうでない人たちとの間に雰囲気的な隔たり生まれてしまうのです。

きちんと授業を受けると「ガチ勢」視されてしまうわけですから、それを避けるために真面目な人たちもだらしなくなってしまう、というのは非常に勿体無いですよね。

4. 発言をすることの重要性

  1. 単純に「恥ずかしい」
  2. ミスをしたくない
  3. ガチ勢だと思われたくない

こうした理由により、東大生は発言が苦手なんですね。

でも、発言をするっていうのは重要なことなんです。

授業を聞いていて不明な点があった場合、その場で先生に質問してみることで解決できます。

レベルの低い質問だと恥ずかしいかもしれませんが、問題が解決するに越したことはありません。

また自ら積極的にみんなの前で発言することで、「勇気」を養うことができます。

例えば、日頃発言しない生徒がいきなりみんなの前でプレゼンテーションをするのは大変。

過度に緊張してしまい、スムーズに話せなくなる可能性がありますよね。

でも日常的に発言していれば、それは苦ではありません。

程よい緊張のもとで喋ることはできます。

この能力は、将来様々な場面で役立つことでしょう。

このように、発言する力は様々な場面で活躍するのです。

5. どうすればよいか

みんなの前で発言するというのは、重要なこと。

しかし、現在の授業の雰囲気ではどうしてもそれが抑制されているんですね。

これが慢性的に続くと、世界に比してどんどん消極的な学生になってしまいます。

では、この問題はどう解決すればよいのでしょうか。

「発言したくない側」と「発言したい側」の2つに分けて、それぞれがなすべきことを述べたいと思います。

5.1 発言したくない側は何をすべきか

だらしない側が真面目な側に合わせるか、それともその逆か。

どちらが生産的かというとどう考えても前者のはずです。

よって、まずは不真面目な人たちが変わっていく必要があります。

熱心な人たちのことを「ガチ勢」と読んで自分を守りにいくのは、確かに一瞬は安心できるかもしれません。

しかし、長期的に考えるとどう考えても愚かな選択です。

同じ学生だというのに、自分がダラダラしている一方であの人は真剣に授業に臨んでいる。

そういう状況をなんとも思わないようでは大学生失格だと思います。

遠ざけるのではなく、むしろ悔しいと思わなければなりません。

自分はちゃんと授業を受けられないのに、なぜ彼はそれができるのか。彼みたいになりたい

そう感じて欲しいのです。

仲間内で傷を舐め合うというのはある種の防衛本能だと思いますし、そういう考え方が必要な場面は確かにあることでしょう。

しかし大学の授業はそうではないと思います。

どれだけ真剣に頑張れるかが、大学生活やその後の人生に直結するのではないでしょうか。

少し考え方を変えれば、授業を真面目にうけるのは簡単です。

自分なりに授業に参加するモチベーションを見出して、「ガチ勢」である人たちを揶揄するのではなく、自分もその一員になろうと努力すれば、現状は大きく改善されるのではないでしょうか。

5.2 発言したい側は何をすべきか

授業に真剣に臨んでいる人たちにとって、「ガチ勢」視される雰囲気というのは大きな障害となります。

目立ちたくないという理由で発言を控える人も少なくないことでしょう。

ただ、そうした理由で言いたいことを言わないのはかなりもったいないことです。

発言したいことがあったら、勇気をもって発言するべきです。

先生に聞けば、わからないことがわかるようになるかもしれません。

また自分が疑問に思っていることは他の学生にとっても価値があるかもしれないので、みんなのためにもなります。

誰も発言しなかったら、授業の価値は最小限のものにとどまってしまいます。

疑問点や個人の考え・感想を我々の方からも発信していけば、先生もそれに応じていろいろなことを教えてくださるため、多くのものを得られることでしょう。

今の学生はなかなか発言をしないので、発言をすると目立ってしまうのは確かです。

しかし、少々気恥ずかしいだけで特に悪いことは起こらないのですから、「発言して何が悪い!」と開き直るくらいの気持ちで堂々と喋っていい!

「アピール」というとなんだかいやらしいですが、存在感を出していくのは結構重要です。

一切発言をしないで黙って授業を聞いているだけだと、ただのモブキャラだと思われてしまいます。

多くの学生は、授業を先生の話を聞く時間だと思っているように感じます。

もちろんメインはその側面なのですが、それだけが授業ではありません。

自分からもどんどん考えを発信することで双方的なやりとりが可能になって、授業の理解も深まることでしょう。

また、なんといっても授業が楽しくなるに違いありません!

6. まとめ

東大生が授業中になかなか発言しない理由を説明しました。

様々な要因が合わさり、発言をしにくい環境が形成されているのです。

このままだと、東大に限らず日本の学生はどんどん消極的になってしまいます。

しかも、ただ先生の話を聞いているだけの授業なんて面白くないですよね。

別に、目立ってもいいじゃないですか!

ミスしたっていいじゃないですか!

それでも、一歩前に出て発言してみる価値はあります。

自分のためにも、周りのためにもなって、結果としてコミュニティ全体がよい方向へと向かっていけます。

たくさんの人がどんどん発言する。

それこそが、理想的な学びの場。

この記事が前進のきっかけになれば幸いです!

以上、Shunがお伝えしました。

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